あなたは今、十日町の奥、切り立った崖にぽっかりと口を開けたトンネルの前に立っている。清津峡。眼下すぐ、切り立った谷が牙を剥き、清津川が白い泡を立てて唸っている。
暗闇の中、懐中電灯の灯りが震える。壁に残る鉱夫の落書きが、まるで生きているように浮かび上がる。子どもの頃、祖父に手を引かれてここに来たとき「星でも探しに来たのか」って笑われた。あのときの鼓動が、今でも胸の奥で脈打っている。あなたもきっと、同じ鼓動をここで感じる。
歩を進めるごとに、光が暴れ出す。仕掛けられた無数の鏡がコンクリートを突き破り、虹を壁に這わせる。光は皮膚を這い、影すら色に溶かす。あなたはもう、逃げられない。
パノラマステーションに辿り着いた瞬間、あなたは息を呑む。水鏡が渓谷を二倍に映し、天と地が逆さまに溶け合う。ガラス越しに見える柱状節理は、巨人の指先のように空を突き刺している。あなたは無意識に手を伸ばす。指先に触れる沢水は、骨の芯まで凍らせる冷たさで、日常の熱を一瞬で焼き尽くす。
耳には雪が落ちるかすかな音、葉ずれのささやき。鼻には凍った苔と土の匂い、野イチゴが凍りついたような甘酸っぱさが絡みつく。口の中には、へぎそばのコシと海苔の磯香が、まだ熱を帯びて残っている。
あなたはもう、完全に渓に呑まれている。五感が全部溶けていく。
海外の旅人は「sacred (神聖)」と震え、日本人は「水墨画の世界」と目を潤ませる。どちらも正しい。ここは聖域であり、帰る場所であり、誰かを永遠に奪う場所だ。
雪が深ければ、トンネルは別の惑星になる。紅葉が散れば、すべてが白い闇に変わる。今この瞬間だけが、あなたと清津の約束。
清津は、あなたを離さない。